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12・16ユダヤ金融資本のための不正選挙
リチャード・コシミズ【検索】ブログ動画
不正選挙のつぎは日中戦争 核戦争=純粋水爆
徴兵制=海外に逃げたら死刑 ↑放射能48時間消
ユダヤ米国、負債222兆米ドル(2京円)破綻
↑が原因で、311人工地震テロ東北大虐殺
安倍は金融ユダヤのイヌ ↑テレビ新聞もイヌ
日本の総理が北朝鮮工作員=背後に米国ユダヤ
TPPは医療金融保健他全て=ユダヤ企業の奴隷
TPPで資産数百兆、数千兆?=ユダヤ強盗団
TPPテロ=NWO世界統一政府=ユダヤ世界支配
ユダヤ金融資本のための不正世論調査
ユダヤ金融資本のための不正出口調査
日中に戦争させて戦争経済で笑う金融ユダヤ人
ユダヤ金融資本のために殺し合う日本と中国
石破茂「戦争に行かない奴は死刑」と発言
7・21不正選挙、大クーデターしやがった
日中戦争阻止、侍日本人は命を失っても戦います

2013年、年内にユダヤ・朝鮮裏社会が
日本テロを実行する計画があるようです。
また日本人が虐殺されます、阻止します。

10

31

20:46

名無しのジャイゴ

所有権などがどのように移動したかなどは判明したのでしょうか?
2ヶ月経過しておりますが、記事の更新等もなく気になっております。何かあったのでしょうか?心配です…

また、この件について、自衛隊などに土地の返還請求などはされるのでしょうか?
大変だと思いますが、頑張ってください

01

04

19:59

三浦協子

名無しのジャイゴ様
コメントありがとうございます。その後、以下の件が明らかになっております。

東通村史2巻282ページ
**********************************
「防衛庁技術研究本部下北試験場 太平洋に面する小田野沢から尻労までの海岸線は、延長10キロメートルにも及ぶ。この海岸地帯には人家がなく、見渡す限りの原野が存在していた。石川県の内灘試験場を引き払った防衛庁は小田野沢地区の原野に注目し、ここを試験場(撃訓演習場)として選んだ。昭和33年(1958)七月には防衛庁は、陸地関係では猿ヶ森、小田野沢、下田代、長沼の4地区に対して漁業交渉を行った。また海上関係では漁業補償として、白糠漁業協同組合、小田野沢漁業協同組合、猿ヶ森漁業協同組合、尻労漁業協同組合の4漁協との交渉を済ませた。・・・
**********************************
そのほか、興味深い歴史が村史には記載されていました。関根にも演習場が出来ましたが、反対闘争で取り戻した歴史もありましたようです。
漁業権は国または県知事の許可で取得します。防衛庁がその権利を放棄させて弾道試験場用地として占有している、という経過です。県がそこにどの程度関与したかは、県にさらに聞いてみる必要はありそうです。
この件につきましての現在の到達はここまでです。

これからも市民ジャーナリストチームあおもりを、温かくお見守りいただけますよう、よろしくお願い申し上げます。

01

04

20:42

竹浪純

名無しのジャイゴさん>
コメントありがとうございます。
その後の経過報告が遅れ失礼しました。
その後の調査結果と私の見解は以下の通りです。
東通村史を調べたところ、以下のような記載を見つけました。
「防衛庁技術研究本部下北試験場
 太平世に面する小田野沢から尻労までの海岸線は、延長10キロメートルにも及ぶ。この海岸地帯には人家がなく、見渡す限りの原野が存在していた。石川県の内灘試験場を引き払った防衛庁は小田野沢地区の原野に注目し、ここを試験場(撃訓演習場)建設候補地として選んだ。
 昭和33年(1958)7月には防衛庁は、陸地関係では猿ヶ森、小田野沢、下田代、長沼の4地区に対して漁業交渉を行った。また会場関係では漁業補償として、白糠漁業協同組合、小田野沢漁業協同組合、猿ヶ森漁業協同組合、尻労漁業協同組合との4漁業との交渉を済ませた。
 昭和34年(1959)3月20日に試験場が開場された。正式の名称は防衛庁技術研究本部下北試験場である。」
***********************
以上のように、防衛庁が現地住民と交渉をして占有権を得た、と言う経過が明らかになりました。
猿ヶ森砂丘の自然を県民の手に取り返すという課題では、残念ながら法的に争うことは出来ないでしょう。
しかし、自衛隊の訓練がどの程度行われているのかを把握し、現在でもその占有が必要とされているのか、を問うことは今後必要だと思います。
片崎山からの演習見学などは大いに行いたいものです。

法的には争えなくとも、自衛隊の占有に対する批判的な世論を県内で高めたいですね。返還を求める県政を実現することで、その世論を現実的なものにすることが可能となるかもしれません。
また、政府が政策を変更すれば返還は実現する訳なので、根本的にはそうした政治転換を図ることが必要です。

01

04

21:00

MMM

昭和41年夏大湊のYHに泊まった時に
日本で一番きれいで大きな砂丘があると聞きました。
土曜の午後と日曜日に中に入れると聞き
丁度次の日が土曜だったので同宿者数人で行きました。
受付で名前を書くだけで簡単に入れました。
その後は自由行動でした。
白い砂浜が延々と続き1時間くらい歩いて引き返しました。
所々に砲弾が転がっていました。

鳥取砂丘にも行きましたが
人が多く砂が汚いのには驚きました。
何時から入れなくなったのでしょうか。
以前はそれほど秘密の事もなかったのでしょう。
見れなくなったのは残念ですが
そのために自然が残っているのかもしれません。
北海道への飛行機からは真下に見えました。

01

23

14:50

履歴書の書き方の見本

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

07

25

08:44

地元民

猿ヶ森砂丘が綺麗というのはもう昔の話です
数年前までは、地元の小学校の生徒が海岸清掃をしてましたが現在その学校も閉校し清掃をしてる人を見かけなくなりました。今では漂着ゴミが散乱し荒れ放題です
唯一観光客がいない点が救いだと思います
私が子供の頃は砂を蹴ると「きゅっきゅっ」と音がなる綺麗な鳴き砂でしたが、現在は条件次第といったところです。 

11

23

14:02

yori1335

> 猿ヶ森砂丘が綺麗というのはもう昔の話です
> 数年前までは、地元の小学校の生徒が海岸清掃をしてましたが現在その学校も閉校し清掃をしてる人を見かけなくなりました。今では漂着ゴミが散乱し荒れ放題です
> 唯一観光客がいない点が救いだと思います
> 私が子供の頃は砂を蹴ると「きゅっきゅっ」と音がなる綺麗な鳴き砂でしたが、現在は条件次第といったところです。 


地元民さまコメントありがとうございます!
先日、尻屋崎側の砂浜を見ましたが鳴き砂ではありませんでした。キュッキュとなる場所があるのなら一度でいいから行ってみたいものです。
観光資源であるにもかかわらず軍事利用されているのが本当に惜しいです。

11

29

11:38

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01

25

11:59

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10

28

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2013.10.27 青森県に日本最大の砂丘!? 防衛庁猿ヶ森射爆場を鳥瞰する







青森県東通村に、鳥取砂丘を越える日本一の規模の砂丘があることを知っている青森県民は少ない...
記事=三浦協子

キャプチャ_convert_20131028202117
東西の17キロ、幅約4キロ、日本最大の猿ヶ森砂丘は、昭和34年から防衛庁の実弾弾道試験場とされ、立ち入り禁止区域となっているからである。青森県の太平洋岸には、三沢から尻労にかけて、防衛庁の射爆場が3つ連なっている。この全てが立ち入り禁止なのに加え、当初原発を10基作る計画を持っていた東通原発の敷地が連なるので、青森県の太平洋岸は三沢から以北はほとんど入れないものと思ったほうが良い。立ち入りができないので、るるぶなどの観光ガイドブックや市町村の観光マップなどにも全く記載がない。特別な関心を持たない限り、気がつきようもないのである。







わたし自身、猿ヶ森砂丘が日本一の砂丘であることを知ったのはつい最近である。昨年夏東通を訪れ、尻労の端から砂丘を遠望しその美しさに息を呑んだ。このあたりの地盤は石灰を多く含んでいるそうだが、そのせいなのか砂の色が白いため海がさんご礁の海のように緑色に透き通って見える。打ち寄せる波頭はどこまでも一直線に並んで白く、波は緑、空は青く、浜辺近くまで松ノ木が茂り、さながらこの世の楽園かと思われるようだった。立ち入り禁止は、機密保持のためというよりは、実弾が飛び交う他に不発弾なども出るため、本当に危険区域なので立ち入るなとしているものと思われる。防衛庁の広報誌「東北のかなめ」によると、現在も年間200日に及ぶ実弾弾道試験を行なっている。



131027_215605.jpg
尻労の集落の端からでは、ほんの一部分しか見えない。その一部分だけでも、信じられないほど美しい。このような美しい自然、日本一の自然が、防衛庁に占有されていて、我々県民は、そこに入ることはおろか、その景色を見ることからすら遠ざけられている。これは重大な権利侵害ではないだろうか。一体、射爆場では何が行なわれているのだろうか。猿ヶ森砂丘の全容を、なんとかして見ることはできないものかと知恵を絞った。入れないのなら空から見よう。付近の山で登山道の記載のある山をことごとく探した。

掲載した地図は国土地理院の2万5千分の片崎山の地図である。ご覧の通り、登山道は途中で切れている。東通町役場に問い合わせたところ、『林道はあるが頂上付近にあるツツジの盗掘が酷いため閉鎖している、登山道は手入れもされておらずわからないでしょう』とのことだった。我々は、できるだけ多くの方に猿ヶ森砂丘を見てもらえたらという可能性を最後まで追求したいと考え、まず行けるところまで林道を行ってみることにした。そして、もしダメなら引き返して登山道をコンパスを頼りに山頂まで登ろうという計画を立てた。地図は正確なので、ブッシュがかなり酷くてもいけるだろうと予測し準備した。






PA270035.jpg
東奥日報が1997年に「あおもりの110山」という特集を組んでいる。その中に片崎山も取り上げられていて、『頂上からは砂丘が「圧倒的な迫力で眼前にせまってくる』と記載されている。記事が正しければ、頂上付近に眺望があることになる。しかし、16年も前の記事では、現在は、山頂は低木に覆われてしまい眺望がきかないかもしれない。勤労者山岳会に問い合わせたが、近年は誰も登ったという人はない。
とにかく実際に行ってみなければわからない。
 
東通役場が言っていた通り、林道の入り口のゲートは閉められていた。林道といっても、写真のとおり舗装されている。雑草に覆われた荒れた道を想像していた我々には、予想外の驚きだった。こんなに林道が整備されているとは。林道の途中にはマンホールもあった。水を汲み上げるポンプ施設もあった。 このような立派な道をなぜ作ったのだろう。そして、なぜ使わないのか?林道を進んだ先は牧場で牛がいて囲いがなされていたので、そこから先入るのはやめ、登山道に戻って山頂を目指す。





PA270082.jpg
登山道は・・・。やはり、なかった・・・。
コンパスとGPSを頼りに、1時間半ほど薮こぎする。中間部分は、林野庁が刈り払いをしたあとがある。でも、潅木の切り跡が鋭いので危ない上、山頂手前500mくらいは全く手付かずである。せっかく刈り払いをしてくれるなら、ぜひ頂上までやってほしいという思いがあるが、林野庁には、このような辺地の雑木山林の登山道にまで手をかける余裕はないのであろう。とにかく酷いやぶだった。最も酷かったところは、それどころではなかったので写真はない。






PA270059.jpg
そしてこれが片崎山の山頂の標識である。頂上の標識からいくらか右にまきながら断崖になっている海側の突端の方に進むと、突然眼前に圧倒的な景色が広がった。







山頂の眺望は絶景だ。

PA270081.jpg
砂丘をずっとはずれまで見渡すことができる。砂丘も太平洋も地平線のかなたまで広がっている。海が太陽の光を受けて光っている。 興奮して、何枚同じような写真を撮ったかわからない。
ヘリコプターが1台飛んでいた。今日は日曜であるから、射爆訓練はないのであろう。 砂丘に沿うように道路が見えている。最初我々は最初県道と見間違ったが、この道は防衛庁の敷地の中の道路で県道からは見えない。
中ほどに写っている塔のようなものも観光用の看板かと思ったが、これは防衛庁の施設の一部である。

PA270070.jpg
↑クリックして拡大してください!




この付近には、大沼の他長沼、タカ沼、タテ沼、姉沼、妹沼と5つの沼がある。大沼のほとりに白いボートが写っているのがわかるだろうか。我々は下山して、大沼のほとりまで行ってみることにした。下山も、なかなか大変な薮こぎが続く。




PA270101.jpg
大沼は文字通り大きな沼で、湖面は静か。






登山靴と読図の力と普通の体力があれば、誰でも片崎山には登れる。あの景色を自分の目で見れば、国家が防衛の名のもとに国民から取り上げている自然遺産の壮大な大きさが実感できるだろう。
県民の財産である風景を県民の手に取りかえそう。
 防衛庁が昭和34年に猿ヶ森砂丘を買収した、という記載のある資料をみつけた。
防衛庁は当に買ったのか?青森県は許可したのか?青森県に「猿ヶ森砂丘買収に関わる一切の資料」という情報開示請求をはじめるところから再スタートを切る。

記事:三浦協子
写真:竹浪純
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日本テロを実行する計画があるようです。
また日本人が虐殺されます、阻止します。

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20:46

名無しのジャイゴ

所有権などがどのように移動したかなどは判明したのでしょうか?
2ヶ月経過しておりますが、記事の更新等もなく気になっております。何かあったのでしょうか?心配です…

また、この件について、自衛隊などに土地の返還請求などはされるのでしょうか?
大変だと思いますが、頑張ってください

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04

19:59

三浦協子

名無しのジャイゴ様
コメントありがとうございます。その後、以下の件が明らかになっております。

東通村史2巻282ページ
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「防衛庁技術研究本部下北試験場 太平洋に面する小田野沢から尻労までの海岸線は、延長10キロメートルにも及ぶ。この海岸地帯には人家がなく、見渡す限りの原野が存在していた。石川県の内灘試験場を引き払った防衛庁は小田野沢地区の原野に注目し、ここを試験場(撃訓演習場)として選んだ。昭和33年(1958)七月には防衛庁は、陸地関係では猿ヶ森、小田野沢、下田代、長沼の4地区に対して漁業交渉を行った。また海上関係では漁業補償として、白糠漁業協同組合、小田野沢漁業協同組合、猿ヶ森漁業協同組合、尻労漁業協同組合の4漁協との交渉を済ませた。・・・
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そのほか、興味深い歴史が村史には記載されていました。関根にも演習場が出来ましたが、反対闘争で取り戻した歴史もありましたようです。
漁業権は国または県知事の許可で取得します。防衛庁がその権利を放棄させて弾道試験場用地として占有している、という経過です。県がそこにどの程度関与したかは、県にさらに聞いてみる必要はありそうです。
この件につきましての現在の到達はここまでです。

これからも市民ジャーナリストチームあおもりを、温かくお見守りいただけますよう、よろしくお願い申し上げます。

01

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20:42

竹浪純

名無しのジャイゴさん>
コメントありがとうございます。
その後の経過報告が遅れ失礼しました。
その後の調査結果と私の見解は以下の通りです。
東通村史を調べたところ、以下のような記載を見つけました。
「防衛庁技術研究本部下北試験場
 太平世に面する小田野沢から尻労までの海岸線は、延長10キロメートルにも及ぶ。この海岸地帯には人家がなく、見渡す限りの原野が存在していた。石川県の内灘試験場を引き払った防衛庁は小田野沢地区の原野に注目し、ここを試験場(撃訓演習場)建設候補地として選んだ。
 昭和33年(1958)7月には防衛庁は、陸地関係では猿ヶ森、小田野沢、下田代、長沼の4地区に対して漁業交渉を行った。また会場関係では漁業補償として、白糠漁業協同組合、小田野沢漁業協同組合、猿ヶ森漁業協同組合、尻労漁業協同組合との4漁業との交渉を済ませた。
 昭和34年(1959)3月20日に試験場が開場された。正式の名称は防衛庁技術研究本部下北試験場である。」
***********************
以上のように、防衛庁が現地住民と交渉をして占有権を得た、と言う経過が明らかになりました。
猿ヶ森砂丘の自然を県民の手に取り返すという課題では、残念ながら法的に争うことは出来ないでしょう。
しかし、自衛隊の訓練がどの程度行われているのかを把握し、現在でもその占有が必要とされているのか、を問うことは今後必要だと思います。
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法的には争えなくとも、自衛隊の占有に対する批判的な世論を県内で高めたいですね。返還を求める県政を実現することで、その世論を現実的なものにすることが可能となるかもしれません。
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MMM

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白い砂浜が延々と続き1時間くらい歩いて引き返しました。
所々に砲弾が転がっていました。

鳥取砂丘にも行きましたが
人が多く砂が汚いのには驚きました。
何時から入れなくなったのでしょうか。
以前はそれほど秘密の事もなかったのでしょう。
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そのために自然が残っているのかもしれません。
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23

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とても魅力的な記事でした。
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07

25

08:44

地元民

猿ヶ森砂丘が綺麗というのはもう昔の話です
数年前までは、地元の小学校の生徒が海岸清掃をしてましたが現在その学校も閉校し清掃をしてる人を見かけなくなりました。今では漂着ゴミが散乱し荒れ放題です
唯一観光客がいない点が救いだと思います
私が子供の頃は砂を蹴ると「きゅっきゅっ」と音がなる綺麗な鳴き砂でしたが、現在は条件次第といったところです。 

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14:02

yori1335

> 猿ヶ森砂丘が綺麗というのはもう昔の話です
> 数年前までは、地元の小学校の生徒が海岸清掃をしてましたが現在その学校も閉校し清掃をしてる人を見かけなくなりました。今では漂着ゴミが散乱し荒れ放題です
> 唯一観光客がいない点が救いだと思います
> 私が子供の頃は砂を蹴ると「きゅっきゅっ」と音がなる綺麗な鳴き砂でしたが、現在は条件次第といったところです。 


地元民さまコメントありがとうございます!
先日、尻屋崎側の砂浜を見ましたが鳴き砂ではありませんでした。キュッキュとなる場所があるのなら一度でいいから行ってみたいものです。
観光資源であるにもかかわらず軍事利用されているのが本当に惜しいです。

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